ドラゴンズに就任した工藤監督に注目していること

工藤公康がドラゴンズ監督に就任しましたね。

自分には意外過ぎてフェイクニュースなんじゃないかと思ったくらいです。

工藤公康監督ドラゴンズ

野球では様々なタイプの人間がいますが「工藤公康」という名前を聞いた時に連想するのは、かなり恵まれた環境で、稀に見る華々しい実績を積み上げてきたスター像です。

それは西武ライオンズの選手時代と、ソフトバンクホークスでの監督時代となります。

西武ライオンズは1982年から1994年までの13年間において、パ・リーグ優勝11回、日本一8回という驚異的な成績を残しておりその中心人物の1人が工藤公康でした。

また、ソフトバンクホークスでの監督時代は7年間でリーグ優勝3回の日本一5回という実績で、間違いなく近年で最も好成績を残した監督であり、NPBの歴史を見ても川上監督や森監督に匹敵しうる屈指の実績を残したといえるでしょう。

当時の西武ライオンズやソフトバンクホークスもチームとしてはかなり完成されていたわけで、そのような恵まれた環境で結果を出してきた工藤公康には環境にも恵まれた幸運ともいえるエリート気質というイメージが自分にはありました。

というわけで、今回の中日ドラゴンズでの監督就任は自分には意外な出来事だったのです。

年代 順位 監督
2026年 6位(最下位) 井上一樹
2025年 4位 井上一樹
2024年 6位(最下位) 立浪和義
2023年 6位(最下位) 立浪和義
2022年 6位(最下位) 立浪和義
2021年 5位 与田剛
2020年 3位(Aクラス) 与田剛
2019年 5位 与田剛
2018年 5位 森繁和
2017年 5位 森繁和

こちらはドラゴンズの過去10年間の成績ですが、ご覧の通り最弱レベルです。

立浪監督の3年連続6位は別格として、それ以外の監督もことごとくダメでした。

ちなみに2026年シーズンはドラゴンズがAクラス(3位内)になる予想をしていた人もけっこう多かったんですよね。

理由は、ホームのバンテリンドームでホームランが出やすくなるようにフェンスが手前に改築されたことによるもので、まあ当時の自分にしてみればホームランが出やすくなるのは相手チームも一緒なので関係ねえだろと思ってたのですが、これをキッカケに野手が自信を付けて順位が上がるんじゃないかみたいなことをバカな評論家達が語っていました。

で、結果としては6位になったということです。

▽名古屋電気(現・愛工大名電)のエースとして夏の甲子園出場した工藤公康(1981年)
工藤公康

工藤公康は名古屋市出身ということで中日ドラゴンズは地元の球団となりますが、だとしても万年Bクラスの弱小チームの監督を引き受ける可能性はほぼないと思ってました。

それは自分が工藤公康に抱いていた「環境や幸運に恵まれたエリート気質の人間像」によるものであり、ほんと選手としても監督としても野球人として稀に見る華々しいキャリアを築いてきた人なわけですから、ここでわざわざ自分のキャリアに傷を付けてしまう可能性がある中日ドラゴンズの監督になるとは思えなかったし、まったくイメージがわかなかったのです。

考えてみてください。
ソフトバンクホークスでの監督時代は7年間でリーグ優勝3回の日本一5回という実績ですが、その数年後に中日ドラゴンズの監督になって3年連続6位とかになったら自分のキャリアに傷が付くでしょう。

それであれば、監督をやらずに解説やYouTubeで気楽に小銭を稼いだ方がリスクはないわけですから、わざわざ弱小球団の監督になるという行為は通常では考えられないムーブなんですよね。

▽横浜ベイスターズ時代の工藤公康
横浜時代の工藤公康

年度 登板 勝利 敗戦 ホールド 投球回 防御率 年齢
2007年 19 7 6 0 103.2 3.91 44歳
2008年 3 0 2 0 13.2 5.27 45歳
2009年 46 2 3 10 37.1 6.51 46歳

ただ、それに関しては彼が晩年横浜ベイスターズに在籍した行動から紐解くことができるかなと。

選手時代は西武~ダイエー~巨人といったような強さや環境に恵まれたチームで投げてきたので、そのまま華々しい引退という流れになることが王道なのですが、最後に超弱小球団の横浜ベイスターズに移籍して3年投げているわけです。

しかも、年齢も重ねていたので成績はかなり落ちぶれたものになっているわけですが、晩年の選手時代の動向を見ていると今回の中日ドラゴンズへの監督就任と似たものを感じます。

チームの強さと監督の特性

強いチームを率いるのが上手い監督と、弱いチームを率いるのが上手い監督は分かれるそうです。

例えば、弱いチームを率いて好成績を残した監督であれば、強いチームを率いても好成績を残せるだろうと思われがちですが、実際にはそうとも限らないようです。

弱いチームを勝たせるということは、例として戦力が弱くても適材適所や創意工夫で戦うのが得意ということですが、そういうタイプの人は逆に恵まれた戦力が揃っている強いチームを扱うのが苦手ということも考えられます。

で、工藤監督に関してはソフトバンクホークスという強いチームで凄まじい結果を残しているわけなので、弱小チームで結果を出すタイプの監督ではないかもしれません。

似た例で話をすると、西武ライオンズで黄金時代を築いた森監督はその後、横浜ベイスターズで結果を残していません。
(以下は森監督の実績)

年代 チーム名 順位
1986年 西武ライオンズ 1位(日本一)
1987年 西武ライオンズ 1位(日本一)
1988年 西武ライオンズ 1位(日本一)
1989年 西武ライオンズ 3位
1990年 西武ライオンズ 1位(日本一)
1991年 西武ライオンズ 1位(日本一)
1992年 西武ライオンズ 1位(日本一)
1993年 西武ライオンズ 1位
1994年 西武ライオンズ 1位
2001年 横浜ベイスターズ 3位
2002年 横浜ベイスターズ 6位

2001年の3位に関してはAクラスなので悪いわけではないですが、当時の横浜ベイスターズの戦力は今の中日ドラゴンズよりも、だいぶ恵まれたものであるので、特に良い結果とは言えなかったと思われます。

もともと強いチームともともと弱いチームの両方を指揮して、好結果を残した監督はNPBの歴史上でもほぼ存在しないと思っています。
それに近い例が何人か存在することは議論が分かれるところですが、今回の工藤監督の「ソフトバンクホークスから中日ドラゴンズ」という展開はまさに「強いチームから弱いチーム」という展開であり、「ソフトバンクホークスでの好成績は監督の手腕によるものだったのか選手層によるものだったのか?」さらには「強いチームで勝てる監督は弱いチームでも勝てるのか?」といったような視点で自分は来シーズンを楽しみにしています。

工藤監督と中日ドラゴンズに対する感情

バンテリンドーム名古屋

こうして選手時代と監督時代の生き様を見てみると工藤監督に対して大きな好感を持つようになりました。

昔は嫌いだったんですよね。
自分は広島カープみたいな弱いチームが好きだったので、西武ライオンズや読売ジャイアンツで活躍してきた工藤公康は憎たらしい敵・・とまで言うのは極端ですが嫌いな存在でした。

その為、監督時代も憎たらしいほど強いソフトバンクホークスの監督という存在でこれまた嫌いだったんですけど、その数年後に弱小球団の中日ドラゴンズの監督になると聞いてかなり好感を持つようになりましたよ。

自分のキャリアに傷が付くリスクとか恐れずに、勝負する心意気には好感が持てます。
ってことで、来シーズンは工藤監督を応援したいと思っています。

ちなみに中日ドラゴンズに関しては好きでも嫌いでもないチームですが、自分自身のビジネスは愛知県と深く関わりを持っており、仕事で名古屋に行くことも多いので、愛知県や名古屋市は第二の故郷という認識でとても愛着があるんです。

そういう意味で応援したいチームという認識はあります。

あと、落合監督の時代であれば最も好きなチームでした。
あの人自体がとても面白くて魅力的な人間ですので、今でもテレビとかに出演してると見ちゃいますね。

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